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    <title>株式会社佐々木電機本店</title>
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    <description>maruden-netへようこそ！</description>
    <lastBuildDate>Fri, 22 Aug 2008 03:55:41 +0900</lastBuildDate>
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      <title>株式会社佐々木電機本店</title>
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      <title>コモエスタ　昭和風居酒屋</title>
      <link>http://www.maruden-net.biz/modules/weblog/details.php?blog_id=1100</link>
      <description>先日、肴町商店街を出たところに盛岡じゃじゃめんさんが入っているビルがあるのだが、ここに昭和をコンセプトにした居酒屋が出来たらしい、という話を聞きつけ、早速行ってみようという事になった。　中三前の交差点を渡ると、ガラスの自動ドアの向こうに、昭和の商店街を再現というような内容の看板が出ている。どうやら、地下にそのお店はあるようだ。入口にもそのようなコンセプトの居酒屋が7月にオープンしたという内容のビラが貼ってあったので、早速地下へ。　階段を下りると、右手に「しぶたみ」と書かれたプレートがついた木の電柱のようなものが立っていた。一応、昭和、盛岡、というコンセプトがビラから読み取れていたので、このオブジェについてはどちらのカテゴリに入るのだろうか等と思いつつ、扉が開いているお店が見た目からしても目的の場所である事が分かったので早速入っていく。　お店の中は立ち飲みのスペースと座敷のスペースと2つに分かれており、座敷の奥にはステージのようなものがあって、昔のテレビであるとかが置かれていた。店内には高倉健さんなどが主役を務めた映画のポスターなどが張ってあり、流れている音楽はいわゆるムード歌謡である。　このお店のルールで一番最初にしなければならないのは、チケット購入との事。品物が出てくる度にここで買ったチケットを差し出すシステムになっているようだ。現金でのやり取りと何が違うのか今一理解できないまま、とりあえず4人で行ったので一人1,250円分、4人で5千円分を購入。座敷に通されて席に座る。　メニューを眺めると、基本的には居酒屋メニューと変わらないという印象。特徴的なのは、店に置いてある缶詰がメニューになっており、これを購入して食べられるという事だった。とりあえずビールなど注文しながらしばし店内を観察。程なくしてビールが運ばれてくる。合計幾らですと言われるので、入口で購入したチケットを差し出す。お金でのやり取りとチケットでのやり取りでは何が違うのか、確たる違いも思いつかないまま、とりあえず郷に入っては郷に従えという言葉もあるので、あまり考えない事にした。　メニューを見ていく。前述の通り基本的には居酒屋のメニューなので、串物やサラダなどを注文する。缶詰については何を頼むかで議論が沸騰したので、次に頼むという事で、日本人得意の先送り戦法を採用。程なくしてオーダーしたつまみが運ばれてきた。　ここで特徴的なのは食器であろうか。いわゆる学校給食などで利用されるアルミ食器である。個人的には正直アルミ食器と昭和との関係性が今一理解できなかったが、久々にアルミ食器というものを見て懐かしいという感じを受けた。食べ物が載っている状態で見ると、尚の事、給食を思い出すのである。　これらの食べ物が運ばれてくる毎に、ウエイター兼厨房担当の人から、当然ではあるがチケットを要求されるのだが、その際に100円ならば「100万円です。」と言っているようだった。正直、恥かしさがあるのかそれともムード歌謡の音が大きすぎたのか、最後の語尾の所はかなり聞き取れなかったので、私の聞き間違いだったかもしれないが、確かに「100万円です」と言った気がしたのである。　その真意を確かめる為に、もう一度、同じ人が運んできた時に耳をそばだててチケット要求額を聞いていたのだが、やはり「1200万円です」と言っているようだった。受け取った後、一緒にいっていた皆さんと話題になった。この100円を100万円と表現するのは昭和のイメージを連想させる為の演出なのだろうか、それとも偶々あの人がユニークだっただけなのか。仮に昭和のイメージ演出だとして、この表現をして昭和のイメージ演出という事が成立するのか、というような話をしていた。結果としては、確かに昔の人がこのような表現を使うという事を確認したので、その可能性もある、という事で議論は決着した。　もう一つ残っている議論があった。チケット制である。これについては、共通見解として、今一効果が分からないという事になった。単純に考えればラーメン屋などのチケット制を考えれば、前金制にしてレジレスにする事で会計の時間と手間を省くという事がある。しかしながらコチラの場合は単に前金でチケットを購入するというだけである。結果として、持っているチケットの額により、おつりのチケットなどを出さなければならず、この点で直接現金でやり取りするのとどちらが良いのか、という話になる。　加えて、チケット制だととりあえずチケットを売った分だけ現金は入るが、チケットを使い切ってしまった時に、再度、チケットを買いなおすのかどうか、という分かれ道がやってくる。普通の居酒屋のように最後に勘定という事であれば、合コンなどで話題についていけずとりあえず幹事業務に精を出すしかないような状況でもなければ、つぶさにオーダー伝票などチェックしない。結果として、チケットで売上をキャップしてしまう可能性もあるという懸念も出された。　飲んでいる側の利便性という観点から考えても、実際は注文して品が出てくる毎にチケットのやり取りをしなければならず、兎に角面倒である。このようなスタイルに慣れてくればそれはそれなのかもしれないが、一括での勘定に慣れてしまっている我々としては、今一落ち着かない感じであった。　いずれ、昭和のレトロな感じという事で、不思議な空間ではあった。出際にかかっていた「コモエスタ セニョリータ」というフレーズが、頭の中で何度もリフレインしている訳である。</description>
      <pubDate>Thu, 21 Aug 2008 11:52:39 +0900</pubDate>
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      <title>ねんきん特別便</title>
      <link>http://www.maruden-net.biz/modules/weblog/details.php?blog_id=1099</link>
      <description>周りではチラホラ届いているという話も聞こえていたのだが、自分には一向に届く気配が無く、その存在自体忘れかけていた。大抵そういうものは、忘れた頃にやってくるようだ。　何が届いたかというと、世間を騒がせている年金記録問題解消のため、社会保険庁が管理している年金記録データを個々人へ送って確かめてもらおうという事で始められた、「ねんきん特別便」である。　封筒は緑色のもので、表には、「『ねんきん特別便』です。」と記載されており、その下に「あなた様の年金加入記録をお届けいたします。『もれ』や『間違い』があるかもしれません。十分お確かめいただいた上で、必ず、ご回答をお願いいたします。」と書かれている。　一番気になったのは「もれ」や「間違い」があるかもしれません、という部分。ニュアンスとしては、厳格に管理運用してきましたが人のやる事ですのでひょっとしたら、その様な事が「あるかもしれません。」と、そういうニュアンスなのだろうか。　年金記録問題について私の知っている範囲で考えれば、真摯に反省する文章の方が印象も良かったのではないかと感じる。これでは意図していなくても、開き直った感じを受けた、という国民が出かねないのではないかと勝手に気を揉んだ訳である。　それと、赤字で「回答する前に、よくわからないことがあれば、『ねんきん特別便専用ダイヤル』にお電話ください。」と書いてあり、コチラの電話番号が記載されている。ねんきん特別便については通常の年金に関する質問窓口である「ねんきんダイヤル」とは別に専用ダイヤルが設けられているようだ。　何しろ、年金に加入している国民全員に確認するという事だから、順次ねんきん特別便が手元に届く事になる。当然ながら対象人数は相当なものがあり、可能性だけで言えばその全ての人から問い合わせが入る可能性もある。という事で専用ダイヤルを設けたのであろう。何とも改めて対象範囲の大きさを再認識させられた思いだ。　早速封筒を開けてみる。普通、封筒を開けるときは何かしらの期待感がある訳だが、今回については何とも複雑な心境であった。正直、自分の年金記録に間違いがある可能性があるのか無いのか、現物を確認してしまえば一度で分かる内容なのだが、何しろ現物の書類で内容を確認するまでは意識しなくとも様々と思い返される訳である。　封筒の中には三枚の書類と返信用の封筒が入っていた。一枚目は「必ずご確認・ご回答をお願いします」と冒頭に書かれた今回の郵便の説明書のようなもの、二枚目は自分の年金記録、三枚目はこれを確認した後に確認した内容について記入をする回答票、そしてこれを入れて返信する封筒という内容である。　逸る心を抑えて先ずは説明書を読む。冒頭に舛添厚生労働大臣の謝罪文が記載されていた。「この度の年金記録をめぐる問題について、心よりお詫び申し上げます。一刻も早く皆様の年金記録を正しいものとするよう、最善を尽くしてまいります。」と書かれている。個人的に感じている所としては、発覚した時期の大臣という理由だけで何度も謝る姿に同情せざるを得ないという感覚もある。しかし正されるべきものは正されるべきで、当に最善を尽くして問題解決に当ってもらうしかない。　説明書にはその他、加入記録の確認の流れが説明されていたり、年金記録の見方、回答票の記入例、問い合わせ先などが記載されていた。槍玉に挙げるようで申し訳ないが、国の帳票に関する記入例について一回読んだだけですんなり分かったという経験は一度もない。しかし、実際記入してみると思ったよりも簡単であったりするので何とも不思議である。　原因としては、場合分けが多岐に渡っており、これを一つの記入例に記載しようとするから訳が分からなくなると感じる。対象者別に記入例を作成し、対象者に関係の無い情報は掲載しない形にするだけでも、分かりにくさが緩和されるのではないかと感じるのだが。　そしていよいよ年金記録である。個人的には一目して分かるレベルのシンプルな履歴なので、すぐに間違いが無い事を確認した。しかし、今までの説明書の中に記載されていた「十分お確かめ頂いて」という言葉が心に引っかかり、見直していると内容が変わる訳でもないのだが、何度も見てしまった。というのも、確認した後、回答票を記載して返信するのだが、これを出した後に間違いに気づいたとして、その訂正が非常に大変であろうと予想された為である。　紙に穴が開いてしまうのではないかと思われる寸前まで見た後、やはり間違いが無い事を確認。回答票のもれや間違いがありませんでした、という方にチェックを入れて返信した。終わってみれば確かにアッサリであるが、これが年金加入者、受給者全員に行われているという事だから何とも膨大な数であるなと感じる。せめて返信した回答票については十分管理し、紛失したり消失したりしないようにして頂きたいと感じた。　改めて、年金記録問題というのも大変な話であるなと感じた。この問題に絡んで、様々と別の問題も明るみになってきているようだが、そもそもの年金問題を考えれば、受給者数とこれを支える就労者数とのアンバランスから年金の給付レベルを維持できないという話ではなかったか。この辺の問題は一体どうなったのだろうか。年金絡みの様々な話について、当事者として今後どうなっていくのか、継続してウォッチしていく必要があると強く感じる。</description>
      <pubDate>Wed, 20 Aug 2008 10:44:14 +0900</pubDate>
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      <title>なでしこジャパンの1点</title>
      <link>http://www.maruden-net.biz/modules/weblog/details.php?blog_id=1098</link>
      <description>やはりお盆を過ぎると一気に肌寒くなる盛岡であるが、北京オリンピックは昨日も熱かった。本日取上げたいのはサッカー日本女子代表の「なでしこジャパン」である。　決勝進出を掛けた先日の準決勝戦であるが、相手は米国である。これまでの戦績を振り返れば苦戦は必至だったのだが、先制点は何と日本。今回の北京オリンピックでは試合を重ねるに連れてチーム力が上がってきた感があったのだが、この1点はその集大成というか、ここまで力を付けて来たという事を照明する1点であると感じた。　しかし、1点先取した後、自力に勝るアメリカが本領発揮。何しろ米国からすれば、3回の引き分けはありながらも一度も負けた事が無い日本である。正直、失点直後は動揺もあった事だろうが、徐々にペースを取り戻しジワジワと攻め立てる展開に。何度も危ないシーンがありながら前半40分までは耐えていたのだが、前半41分、同点弾を決められた。　ここからである。意気消沈しているこのタイミングで一気呵成に攻め立てる米国。憎たらしい程に勝負どころをわきまえている。何とか凌いで同点のまま前半を終えたい所だったのだが、44分、米国DFのオーバーラップからのシュートで逆転される。何とも40分を越えた5分間の間に2点を取っていくあたり、流石に米国である。　そして後半。センタリングなのかシュートなのか分からないようなボールが2本ともゴールに吸い込まれ、気づけば1対4となっていた。この4点目が入ったのが後半36分。正直、残すところ9分間で3点差という状況はどう割り引いて見てみても絶望的な情況である。しかしこの日のなでしこジャパンは最後まで気持ちが折れなかった。　試合終了間際、何と1点押し込んだのである。これは本当に驚いた。正直、この点差であれば心が折れてもしょうがない状態である。しかも、もしかすると金メダルが等と考えていたのであれば、そのショックは更に大きかったのではないだろうか。しかしこのような状況でも最後の一太刀を浴びせた訳である。この最後まで諦めない姿勢と精神力を見、ただひたすらに感動した訳である。　この結果について、意見が分かれるところかとも思う。結果としては目標としていた米国に勝てず、決勝進出も逃し、しかもこの時間帯で1点取ったところで追いつく訳も無いのである。であるからして、これら最後まで諦めずに戦う事が全く意味の無い事だと考える方もいるだろう。　しかし一方で、今まで蓄積してきたものをこの舞台で最後まで全力で出しつくすという観点で言えば、なでしこジャパンは100点である。あくまで表面上は米国との戦いなのだが、投げ出さなかったというのは、最後は自分自身と戦っていたようなもので、その結果として最後の最後で1点もぎ取った訳だから、物凄く価値があると感じるのだ。　この戦いを見た後に思い返すのはサッカー日本代表男子。何とも下馬評では様々と話が出ていたが、なでしこジャパンの快進撃の影に隠れる形で三連敗である。これはこれで非常に憂慮すべき事態だ。どの戦いも完全に力負けの格好。課題も山積である。それだけに今後が期待できるとも言えるだろうか。　個人的に一番ショックだったのは、初戦のアメリカ戦。正直、身体能力に勝るナイジェリア、そして組織サッカーの本場オランダと、この辺に競り負けるなら納得も出来る。しかし、アメリカ戦に関しては様々と言いたくなる。　中盤では結構ボールをキープできていたにも関わらず、終わってみれば0対1である。一言で言えば決定力不足である。しかしこれは痛い。単純に考えても分かる話なのだが、何しろ点が入らないで勝ったチームはこの広い世界においても1チームも無い訳であるから、その辺は真摯に反省し対策をうつべき点であると感じた。　しかしながら、この辺は話のネタで指摘するまでも無く、ピッチに立った選手自身が一番痛感した所なのではないか。サッカー日本代表の次代を担う選手たちがこの時点で強烈に世界の壁を感じた事が今後のプラスになればと願うしかない。　話をなでしこジャパンに戻したい。今回もう一つ気になった所があった。それは報道の見出しである。見渡したところ多くの新聞は、決勝進出逃す、米に及ばず、等と言う視点で見出しが付けられていたのだが、コチラの見出しは今回のなでしこジャパンの頑張りを非常に評価する表現で、個人的には非常に好感を持った。「なでしこ、メダルの扉たたく」である。無味乾燥に事実を伝えるというスタンスはそれはそれで納得できるが、どちらかのスタンスに立つのであれば、この見出しのように前向きな記事にしてほしいものだと感じるし、この見出しを考え抜く事で結果として未来に対する夢や印象も全く違ってくる。　　次回は8月21日、銅メダルを掛けてドイツと激突する事になる。今までの戦歴を見れば、銅メダルへ向けての壮大なチャレンジとなる。出来うるならばなでしこジャパンの活躍が形として歴史に残る事を期待したい。</description>
      <pubDate>Tue, 19 Aug 2008 10:33:54 +0900</pubDate>
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      <title>お盆も終わり</title>
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      <description>本日は8月13日から頂戴していたお盆休み明けという事で、長い休み明けだとどうして頭がボヤッとしてしまうのか、という毎度の謎が解ける訳でもなく今回もリハビリが必要な状態である。　個人的に今回のお盆休みを振り返ってみると、お盆の通常行事に加えて、最近ではお盆時期の毎年の楽しみとなっている石鳥谷の花火大会への参加と、本年については特にも北京オリンピックの観戦が入るという事で、結構様々とイベントがあった。　お盆の通常行事については、お墓の手入れから始まって、仏壇のお盆仕様へのセットアップ、お墓や親戚を回り、毎日お火を焚き、ご挨拶にいらっしゃった親戚との会話、そしてお盆が終われば諸々の片付けをしたりという風である。毎年の事なのだが、他の年中行事に比べると非常にボリューム感がある。　一応、盛岡市内でも見られなくなってきたという事だから、お火について少々加筆しておきたい。お火は、実家がある馬町では、8月14日から16日の3日間焚く。祖母から聞いた話だと、14日に焚くのが迎え火、16日に焚くのが送り火という事だ。15日は一体何で焚くのだろうかという事になるのだが、多分、遅れていらっしゃる御仏様がいるかもしれないという事での迎え火という事なのだろうと勝手に解釈している。　以前は、盛岡市内何処でも見られたという事なのだが、今では随分減ってきているようだ。それこそ昔はこのお火に合わせて花火など大量に買い込んで来て、ご挨拶に来た従兄弟やひょっこり顔を出した友達と一緒にドンパチやるのが楽しみであった。それが、社会人になってからは花火という歳でもないので、粛々とお火を焚くという事をしていた訳だが、最近では、自分達に子どもが出来てきた事もあり、久々にお火に合わせて花火などしている。　娘はまだ火が危ないなど分かる程度の分別を持ち合わせている歳ではないので、花火をやればやる程、付いている大人の方の疲労感が増していく訳だが、自分が小さい時には同じような雰囲気であったのだろうなと思うと、何ともお役が回ってきたというか、妙に割り切れる部分があるから不思議なものだ。　石鳥谷の花火大会については、正式名称を石鳥谷夢まつりというのだそうだ。石鳥谷の叔父・叔母のお誘いで数年前から連続して参加させて頂いているのだが、打ち上げ場所から鑑賞する場所までの距離が近いので迫力満点である。更に打ち上げの数については8月16日に盛岡で行われる舟っ子流しの後の花火大会よりも相当に多い数が打ち上げられるという事で満足度も高い。　お盆前に発表されていた週間天気予報を見ていたならば、お盆時期は軒並み雨という事だった。花火や前述のお火などお盆時期は火が絡む行事が多いので、何とかならないものかと気を揉んだのだが、いざ蓋を開けてみれば昼間に降ったと言えば8月14日くらいで、それ以外はパラパラもしくは全く降らないという風。流石にお盆時期という事だから雲の上でも多少配慮がなされたのだろうか。いずれ結果オーライであった。　今年のお盆時期に特筆すべき事項として、やはり北京オリンピックは外せない。結局毎日毎日、テレビを通じて日本代表の活躍に一喜一憂していた訳だが、今回は結構な数の競技でメダルに絡んでいるような印象があった。確かな記憶が無い所での感覚論であったので調べてみると、現時点で金メダル８、銀メダル５、銅メダル７、の合計２０枚なのに対して、前回のアテネ大会終了時では、金が１６、銀が９、銅が１２の合計３７枚。何とも人間の記憶など曖昧なものである。アテネでこれ程日本代表が活躍していたとは。　先日で日程の半分を終了したという事だから、リニアに行けば前回大会同様程度になる可能性もあるが、残された種目を勘案して現実的な予想をすれば、前回には及ばないであろうという予測が現時点では濃厚である。しかし、前回にしても今回にしても日本選手団がスポーツマンシップに則り全力で戦っているという事については変わらない訳なので、メダルの数はメダルの数として、最終のステージに至るまでのストーリーに思いを馳せつつ、引き続き楽しんでいきたいと思う。　気が付いてみればあっという間にお盆も終了という事で、花火の火の粉の如く、盛岡の短い夏も終了である。祭りの後よろしく、お盆が終わると急に肌寒くなってくるのも例年通り。オリンピックで残暑を楽しみつつ、徐々に秋へと向かっていきたい。</description>
      <pubDate>Mon, 18 Aug 2008 10:58:04 +0900</pubDate>
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      <title>テンズイベントと福井県池田町の話</title>
      <link>http://www.maruden-net.biz/modules/weblog/details.php?blog_id=1096</link>
      <description>先日、滝沢の岩井沢邸でテンズさんという団体が開催したイベントへ参加してきた。　ご縁としては、肴町商店街で行われた肴町音楽祭の際に、テンズさんが肴町でアンケートを実施。盛岡の好きなところなどを約100名の方に聞いたとの事だった。この結果も発表されているという事だったので非常に楽しみにしていた。　加えてあと2つほど楽しみな事があった。1つは学生が盛岡のおじいさんやおばあさんから盛岡の昔話を聞いてくるというプロジェクト。正直、これら我々の身近にある財産は距離が近ければ近いほどその正当な価値を見出せないのかもしれないと改めて感じさせてくれるような企画である。この取材VTRが放映されているという事だったので非常に楽しみにしていた。　そしてもう一つは、福井県池田町の役場に勤めている溝口さんという方の講演会である。福井県の池田町は人口3,405人の丁度、岐阜県との県境にある山間にある町なのだとか。しかしこの町での取り組みは非常にユニークなものがあり、環境大臣賞、農林水産大臣賞など貰っているのだとか。この町のキーマンが溝口さんという事で、地元で溝口さんの話が聞ける機会というのもそうそう無いだろうから、非常に期待していた。　岩井沢邸の表に車を止めて、受付で入場券にスタンプを押してもらい入場。早速暑かったのでかき氷などをお願いしながら、中に進んでいく。中には和紙で手づくり団扇を作成するコーナーというのがあって数人の方が作成に取り組んでいた。奥へ進んでいくと、肴町でのアンケート結果が公開されていた。個人的に覚えているは好きな食べ物の一位がじゃじゃ麺だった事。いよいよ冷麺をも凌ぐようになったかと感じた次第だ。　そして、前述の映像コーナーを探してみたのだが、発見する事が出来なかった。そうこうしているうちに溝口さんの講演会が始まった。囲炉裏がある居間の漆喰の壁に直接プロジェクターを投影するという事で、何ともこの昔と今とのコラボレーションが非常に面白い。　溝口さんは元々農林水産省の官僚だったのだそうだ。その研修の時に訪れたのが縁で農水省を辞めて池田町役場に入りなおしたのだとか。その際に自分の両親も池田町に呼び寄せて一緒に暮らしていらっしゃるそうだ。そこから10年間、様々な取り組みをされたそうなのだが、その紹介が為されていた。　個人的にビックリしたのは「こっぽい屋」という福井市にある池田町のアンテナショップの話。最初は誰も本気にしなかったとの事だが、やってみると大盛況で、現在では1億5千万円ほどの売上がある店舗になったのだとか。お店の名前になっている「こっぽい」とは池田町の方言で「ありがたい」という意味なのだとか。売上だけ見ると本当に有難いショップになっているように感じる。　溝口さんの話だと、売上を口説き文句にして商品提供をお願いしていったのではなく、皆で出来ることをチャレンジしてみようという事で始めた所、予想以上の反響があり、ここに品出ししている農家の皆さんも俄然やる気になっていったとの事。このこっぽい屋では、直接お客さんに品物を販売するという事で、自分たちが丹精込めて作った農作物を手にする事でお客さんが喜ぶという光景を見、また直接評価を受けることで、やる気がムクムクと膨れ上がっていったのだとか。　もう一つ、覚えているのが「ゆうき・げんき正直農業」という取り組みである。これは、様々な取り組みで知名度が上がってきた池田町の農作物について、これ程有名ならば当然無農薬だという消費者サイドの思い込みがついて回るようになった。一時期はこのように言われてしまうと口をモゴモゴとさせる方もいらっしゃったらしいのだが、どうせなら正直にやりましょう、という事で、コチラで紹介されているように、農薬を少々使っている、使っていない、完全に有機栽培、というランクで認証を行っているのだとか。認証時にシールが発行されるそうなのだが、これを張った縦看板を畑に出し、そこから生産された農作物にも認定されているシールを張り消費者にインフォメーションするという取り組みなのだそうだ。　個人的に感じたのは、農家も急激に生産方法など方向転換できる訳でもないので徐々に良くなっていくという事をユーザーサイドに認めてくださいと正直に申し出た潔さについて非常に好感を覚えた。何しろ正直なのが良い。そして正直が報われるというのがまた良い訳である。　その他、様々な取り組みが紹介されていたのだが、あまりにも濃い話で、ここで紹介できるのはこの程度。興味のある方は是非、溝口さんが運営するコチラの日本農村力デザイン大学や、コチラの溝口さんが書いてる池田町の紹介などご参照頂ければと思う。　公園終了後、邸内で暴れまわっている娘を確保し、予定も合ったので居心地が良いイベントを泣く泣く退散する事に。楽しく非常に勉強になるイベントであった。明日8月13日から8月17日までは弊社お盆休みの為、話のネタもお休みとなります。更新再開は8月18日を予定しております。宜しくお願い申し上げます。</description>
      <pubDate>Tue, 12 Aug 2008 11:02:49 +0900</pubDate>
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      <title>北京オリンピック開幕</title>
      <link>http://www.maruden-net.biz/modules/weblog/details.php?blog_id=1095</link>
      <description>北京オリンピックがいよいよ開幕した。圧倒的な人の数が登場する開会式は当に圧巻の一言。その後の選手入場も、コースの周りを囲んでいる女性たちが疲れて倒れるのではないかと真剣に心配になる程度に長いものであった。　毎回の事なのだが、この開会式の放送というのは、何を期待している訳でもないのだが、ついつい長々と見てしまう。冷静に考えると各国の人が列を作って歩いているだけなのだが、これが全て世界のトップアスリートであるという事、そして何よりオリンピックであるという事が、この放送の希少価値を高めていて、この貴重な機会をリアルタイムで味わいたいという思いが、結果として確たる理由も無く映像を長々と見てしまうという現象に繋がっているように思う。　そこで気づいたのだが、多分メインスタンドに各国の偉い方々が座っていて、その国が入ってくると立って応援するので、これがテレビに映されるのだが、よくよく注意して放送を聴いていると、例えば福田首相が映された場合は、福田首相も手を振って選手を激励しています云々という一言が入るのだが、初めて名前を聞く様な国が入場してきて、そのVIP席で誰かが立つと、一応、カメラではクローズアップするものの、紹介は無しという事がしばしばあった。　それこそ膨大なリサーチ資料が手元にあるものと思われるのだが、結局当日までVIPは誰が来るかなど正確な所が分かる訳でも無いだろうから、パッと映像が映った時点でアナウンサーが自分の頭の中にあるデータベースと照合作業をし、確実な場合は紹介する、当たりはついても正確さに不安が残る場合は別の話題で場をつなぐ、という風に想像しただけで脳をフル回転状態にして臨んでいるのであろうなと、そのような総力戦的な雰囲気が伝わってくる。何しろ4年に1度の、しかも開会式という事で、アナウンサーとしても緊張感も一入であろうし、正確な報道という観点からすればうろ覚えで勝負に出る訳にも行かない。何ともこの辺の空気が伝わってくるようで見ていて楽しかった。　さて、個人的に今回のオリンピックが始まって気づいたのは、ワンセグ携帯がこれ程までに世の中に普及していたという事。結構な人がワンセグ携帯で開会式や競技観戦をしている事にビックリした訳である。最初はもの珍しさだけが先行した感じのあるワンセグ携帯であるが、今回オリンピックが始まり完全に情報取得ツールとして定着しているのだなと再認識させられた。　個人的には、旬な話題を生で見たいというのは非常に理解できる心情ではあるが、そこまでして情報を得たいと感じる人々が一体何人いるのだろうかと感じていた。つまりニーズはそれほど無いが実装されているという過剰機能なのではないかと感じていた訳である。　しかし、実際こうしてオリンピックが始まってみてワンセグを通じて情報取得している方々を実際に見かけると、いやはやこういうニーズも確実に存在しているのだなと改めて理解できた。又、こういう使い方もあるようだ。茶の間のテレビがオリンピック一色になっているという状況で、別の局の番組が見たいと思った場合、一人部屋でワンセグ携帯を通じて別のチャンネルの番組を見るという利用法である。電話に続きテレビも「一家に一台」ではなくて「一人一台」の時代になった、という事だろうか。　競技に関して言えば、個人的に気になったのは重量挙げ。国内ではメダルが期待されると結構な勢いで報道されていたが、実際蓋を開けてみると、メダルまでの道のりは長く険しいものに見えた。この辺の事前情報と実際の試合でのパフォーマンスの差というのは何故出てくるのだろうか。　様々な要因は考えられるが、必要以上の期待感を煽ったという意味ではメディアの責任は小さくないと感じる。今回の重量挙げにしても、確り事前調査して報道しておけば、相応の期待と応援という事になったのだろうが、ネタにしやすい要素があった為に、世界における我が国の選手の位置づけを軽視もしくはリサーチ無しで、安易に取上げすぎたのではないか、という話である。　結果として、これらの報道に乗せられて高まった国民の期待に応えられないという状況が発生した場合、一番可哀想なのは選手本人である。当然ながら、選手からすればその時点で出せる自らのベストを尽くしている訳で、そこで出た結果については言い訳のしようが無い。しかし、作られた期待と結果との乖離についてまでも、選手が責任を取らされているように見えてならない。　無いとは思うが、それすらもメディアの演出の一つという事であれば尚問題であるし、仮にそのような気持ちが無かったとするならば、今後は、様々な事実関係をリサーチした上で過度な期待を煽らず、確りと報道をして選手の努力が正当に評価されるような環境を国内に作っていくべきではないかと感じた。　いずれにしても、以降も続々と注目の競技が目白押しである。時差がそれ程無い為、慢性的な寝不足気味という事態には陥らない事は非常に有難い。丁度お盆休みに入る所でもあるし、存分にオリンピックを満喫したい。</description>
      <pubDate>Mon, 11 Aug 2008 10:17:13 +0900</pubDate>
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      <title>盛岡夏祭り週間 2008</title>
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      <description>昨日で、肴町商店街の七夕祭りという事で、盛岡怒濤の夏祭り週間も一段落という事で、七夕期間中休んでいた話のネタも本日より再開である。　本日は、この盛岡さんさ踊り、肴町の盛岡七夕祭りと続いた夏祭り週間についてご報告したい。時系列で先ずは盛岡さんさ踊りから。今年のさんさは2日目、3日目が土日に被ったという事で当初より相当の人出が見込まれていた。　これが正直、個人的には痛し痒し。というのも、さんさ踊りが土日に被るという事は、これに続く肴町の盛岡七夕祭りが平日開催になってしまうという事を意味している。さんさ踊りも盛り上がって欲しいが、やはり地元の肴町の七夕も同様、いやそれ以上に盛り上がって欲しい、という思いもある為、非常に悩ましい話なのである。　さんさ踊りが1日から4日、七夕が4日から7日と、昨今では開催日が固定となっている為、このような事態が起こる。では、8月の第1土曜日・日曜日を含むような開催日設定としてはどうか、という意見も当然ながら出てくる所なのだが、やはり参加者の皆様に対してのアナウンスメントとしては、開催曜日が固定になってから今一いつ開催されるのかしっくり来ないチャグチャグ馬コの例を挙げるまでもなく、日付固定の方が分かりやすい。当然ながらその他の理由もあるのだが、大きい理由の一つとして上記があり、この日付固定スタイルを採用している。　脱線が長くなったが、いずれ8月1日に盛岡さんさ踊りスタートである。個人的に近年では1日から3日の3日間参加が定着していたのだが、今年は所用があり8月2日の1日のみの参加となった。という事で1日目の様子については、参加した方々から聞いた範囲になるのだが、かなりの人通りだったようだ。　加えて、私が所属している盛岡青年会議所は盛岡さんさ踊りの企画・運営をしている盛岡さんさ踊り実行委員会の構成団体として、一般参加者が飛び入りで参加できる枠を担当しているのだが、1日目はここ数年では見た事のない程の長蛇のパレードになったとの事だ。　そのような話を聞いていたので個人的にも非常に楽しみにして2日目のさんさに参加した。情報通り、一般参加者の飛び入りは例年に比べると明らかに多いと感じた。前述しておいて何だが、これは土日開催という事だけではなくてその他にも理由があると感じるには十分な光景であった。　よくよく考えてみると、2008年7月31日の話のネタでご紹介している通り、さんさについては終了時刻が年々早まっているという話がある。以前であればパレード終了後にパレードに参加した団体による輪踊りが行われ、これに一般参加の人もどんどん加わって、皆で盛り上がろうという事になっていたのだが、終了時間が早まった結果としてこの輪踊りが割を食うという事になった。つまり輪踊りの時間を確保できないという事になった訳である。　輪踊りの時間が確保できないという事に関して祭りを楽しみにしていた市民の皆様は一体どういう感想を持つのだろうかという事については、今後調べてみないと分からない所ではあるが、本年のパレードへの一般参加者の飛び入り数の激増は、輪踊りで踊りたいと考えていた方々が代替として、一般参加枠のパレードに入ってさんさ踊りを楽しむという形を採ったのではないかと考えられる。　いずれ2日目のパレードは無事終了。一般参加の皆様もご満足頂けたようで何よりであった。自分では実際に見ていないのだが、聞く所によると3日目、4日目については、沢山人が居たという話と、いやそれ程でも無かったという話しと半分半分で聞こえてきている。この辺は盛岡さんさ踊り実行委員会の公式発表を待ちたいところだ。　そして8月4日から昨日までは、肴町での七夕祭りである。お陰様で今年は4日間晴天に恵まれ、多く皆様にお越し頂いた。弊社ではかき氷を始めとする飲食ブースを出していたのだが、何しろ沢山の方々にお越し頂いてコチラも有難い限り。毎年の事なのだが、改めて人と人との繋がりの有難さを再確認し感謝する貴重な機会を頂いたと感じた。　いずれ、怒濤の盛岡夏祭り週間は終了という事で、一段落である。後は、8月16日の舟っ子流しと花火。この花火を見ながらこの年の夏を振り返りつつ、盛岡は徐々に秋へと向かっていく。</description>
      <pubDate>Fri, 08 Aug 2008 11:41:27 +0900</pubDate>
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      <title>今度は盛岡巡り</title>
      <link>http://www.maruden-net.biz/modules/weblog/details.php?blog_id=1093</link>
      <description>先々週末は紫波を堪能し改めて紫波の素敵なところを再発見した。隣の芝生の緑の綺麗さを認識した所で、先週末は自らの芝生ではないが、偶々先週末は盛岡を見て回る事になった。　と言うもの、この日に紺屋町にある巴染工さんが、中津川で「染め物流し」をやるという情報を妻がキャッチしてきたので、それは生で見てみたいという事になり出かける事にしたのである。　正直、染め物流しは私も写真資料でしか見た事が無かった。正確に言うと、上の橋近辺を通った際に見ている可能性はあり、実際かすかにそういう記憶もあるのだが、頭の中にあるのは資料写真のイメージである。　巴染工さんに手ぬぐいの作り方の工程が紹介されているページがあるので、こちらでご紹介すると、染め物流しとは、手ぬぐいの作成の過程で使用するノリや余分な染料を洗い流す為に行う「洗い」の工程の事で、これを以前は中津川を利用して行っていたので、「染め物流し」と呼ばれているようだ。　話に聞いた所では今では環境へ配慮して機械を利用してこの作業を行っているとの事。しかし、中津川で染め物流しが行われる風景は我々にとって非常に身近な風景でもあるので、1年に一度、この時期に中津川で行われるイベントにあわせて川での染め物流しを行っているのだとか。　中津川に2本のアンカーを打って、ここにロープを掛ける。そこに1本1本、手ぬぐいを引っ掛けていくのである。手ぬぐいが川の流れに乗って段々と伸びていく様は何ともコミカル。手前に布を落とすとスルスルと伸びて行って川の流れに乗って水面に浮いてくる。　現地では、「もりおか中津川めぐみ感謝祭2008夏」というビラが配布されていた。何でもこれが前述の中津川をテーマにしたイベントという事で、どうやら中の橋近辺では様々なブースやイベントが行われているようだった。丁度帰り道沿いになるので、後で寄ってみようという事になった。　この日は温暖化問題を真剣に考えたくなる程に暑い日で、流石に外で染め物流しを長い事見ていたので、涼みがてら近くの丸竹によって氷を食べる。人間の味覚は食事をする時点の体調で変わるという事だが、これが文章にはとても表す事が出来ない程度に至福の味であった。何しろ冷たいのが良い。　一服して、岩手県民会館へ。この日は中学校の吹奏楽コンクールが行われていて、聞いてみたい衝動に駆られつつも、目的としていた「人体の不思議展」へ。いわゆる人体標本が展示されているという事で、暑い夏にはある意味ピッタリの企画である。　一目して娘は「怖い怖い。」を連発。「バイバイ。」と兎に角その場所を離れたがる。観察していると傾向があるようで、臓器などの展示は分からないので全く平気なのだが、人体が縦に横に輪切になっているのには、何かしら感じ取ったのだろう、兎に角いやがるのである。子供ながらにこれら展示されている標本の意味合いを感じ取っているようで何とも興味深いリアクションであった。　見に行く方もいらっしゃるだろうから詳しい話まではしないが、一言で言えば何とも人体は不思議なものだな、という所。そのまんまではないか、という話もあるのだが、実際、自分の体の中があのようになっているのかと目で確認して改めて思うのは、この人体というシステムの複雑さと、これを踏まえた上でこの人体が「意志」を持って動いているという事実を考えた時、宇宙の話を聞いた時のような途方も無いスケールの大きさを感じた訳である。　岩手県民会館を出て市役所裏の道を抜け、中の橋で行われている、前述の「もりおか中津川めぐみ感謝祭2008夏」へ。見た瞬間観念したのだが、子供達が楽しそうに川で遊んでいるのである。当然斯様な風景を見て娘が黙っている訳も無く、「あっち、あっち」と兎に角川に入りたがる。流石にこの暑さとこの風景で娘に我慢しろというのも無い話しであるし、昔は自分もこうして遊んだものだ等というノスタルジックな気持ちになりつつ、自分もズボンの裾をまくって娘と一緒に川に入る。いやいや何とも気持ち言い事この上無しであった。　ひとしきり遊んだ後、出展していたブースなど見ながら会場であった先輩や知り合いとお喋りなどして、川を後にする。その時にも話していたのだが、これが盛岡のある意味中心市街地を流れている川で、そこでこのようにジャブジャブと川遊びが出来るという事が、本当に有難い事だなと感じた。　盛岡の好きな所は何ですかとアンケートを取った際に、様々と出てくる中でやはり多いのは川。盛岡人にとって川というのは本当に身近な存在であり財産なのであるなと改めて感じた次第だ。　この日は駄目押しで材木町のよ市へ。酒買地蔵さんのお祭りという事で、御神輿やステージなど組まれていて、道路一杯にテーブルや椅子など並べてありオープンカフェ状態になっていた。何とも賑やかで、日も落ち着いてきた所だったので、風が本当に心地よい。こちらでも知り合いと楽しくお喋りしつつ、恒例のベアレンビール、これは2008年7月14日の話のネタで紹介したビアパブ・ベアレンの前で販売されている、とその斜め向かいにブースが出ているVELBOのこれまた美味しい燻製を買って帰ってきた。　いやいや、一日様々な意味で盛岡を堪能した訳だが、改めて本当に「素晴らしき也我が愛する盛岡」である。この一言に尽きる。</description>
      <pubDate>Fri, 01 Aug 2008 09:45:42 +0900</pubDate>
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      <title>盛岡の熱い夏2008</title>
      <link>http://www.maruden-net.biz/modules/weblog/details.php?blog_id=1092</link>
      <description>あまりにも素敵な紫波のネタが続いたので、隣の芝生を見て自らの芝生を振り返るが如く、明日からの盛岡夏祭りについてご紹介していきたい。　先ず、8月1日から4日までは盛岡さんさ踊りである。従来は1日から3日の3日間開催だったのが、2006年の盛岡さんさ踊りから1日増えて4日になり、今年も4日という事だから、4日間開催が定着してしまったようだ。　要因としては、1.　参加団体の増加、2.　1日の開催時間の短縮化、3.　入り込み客数に味をしめた、の3つが考えられる。1.については一般市民でグループを作って参加するというスタイルが広がってきた事もあり、参加団体は増加の傾向にあるという話は聞いていた。しかしながら、当然、時間に限りがあるので、この枠の中で収めていくには日数を延ばさざるを得ない、という話だ。　2.については、上記のような事情がある一方で、年々、終了時刻が早くなってきているという話がある。以前は、早く祭りを切り上げていわゆる飲食関係の消費に繋がるようなタイムスケジュールにしたいというのが終了時間を早めた主たる要因であるという話をよく聞いたのだが、昨今では、盛岡さんさ踊りの主会場となる中央通りの並びにある大通り近辺の治安悪化が叫ばれており、祭りが長くなればなるほど、この治安が不安定な状況が深夜にまで及んで続くという事で、終了時間を早めることで、この辺の事態収拾の時間を確保しようという側面も大きい理由の一つになっていると聞いている。　3.については、昨年の入りこみ客数が128万3千人という事だ。コチラに掲載されている東北の夏祭りにおける入り込み客数の比較を見てみると、直近の2007年が128万人で5位という成績。以前話のネタで調べた数字によると、3日間開催最後の年である2005年の入り一日平均込み客数は26万3千人つまり、3日で78.9万人となり、仮に3日間開催のままだとすると、2007年のランキングで見れば9位ないしは10位程度となる。　この辺は盛岡さんさ踊りを観光のメイン資源と考えている方々からすれば、やはり100万人越えが必須で、東北でも5位以内程度に入っていて欲しいという思惑もあり、又、開催期間を延ばすことで、首都圏からのツアーにも組み入れやすくなったという話もあり、という事で、4日間定着の大きい要因となっているものと思われる。　30周年を超えて31年目となる盛岡さんさ踊りだが、未だに観客本位とすべきなのか参加者本意とすべきなのか、という点で議論が絶えないという話を聞く。観客本位に考えれば、見ていてもっと楽しい祭りに、場合によっては簡単に参加できるような受け皿を作っていくべきという方向になり、参加者本意という事であれば、むしろ地元で参加したいと思う人たちの受け皿枠を大きくしていく必要があるだろう。　この辺の議論が整理されないままに一つの祭りが形成されているものだから、一方では観客に対して飛び入りOKですと言いながら、実は踊り自体はとても参加しながら覚えるというレベルのものではなく、確りと事前練習をしなければならないレベルというアンバランスが発生していると考える。　基本的にどちらのスタンスもよく分かる話なのだが、そもそも論を考えてみれば、地元のお祭りな訳だから、地元の参加者が楽しめるような祭りである事が長く続けていける一つの要因なのではないかと思う。その上で、参加したいという観光客に対してどれだけ門戸を開放できるか、受け皿を作れるのかという議論になるのではないかと思う。この優先順位をハッキリさせるだけでも随分祭りの中身が変わってくるのではないかと感じている。　あれやこれやと書いてしまって何だが、いずれにしても、明日から盛岡さんさ踊り開幕という事で、非常に楽しみである。私自身、参加して楽しみたいと考えている。　そして、1日被る形で8月4日から7日まで地元の肴町商店街で開催されるのが、盛岡七夕祭りである。これには弊社もブースを出展して参加する予定である。毎年、思いもかけない友人が顔を出してくれたり、個人的にも非常に楽しみにしている七夕である。　今年は日程的に、平日の4日間開催という事で、それこそ入りこみ客数自体、かなり気になる所ではあるが、日が落ちて涼しくなってから、夕涼みがてら肴町に遊びに来て頂きたいと思う。　という事で、明日から1週間、盛岡は怒濤の夏祭りウィークへと突入していく。最近の異常気象もあることなので水分補給はしっかりしながら楽しみたいと思う。</description>
      <pubDate>Thu, 31 Jul 2008 09:29:25 +0900</pubDate>
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      <title>紫波巡り　その３</title>
      <link>http://www.maruden-net.biz/modules/weblog/details.php?blog_id=1091</link>
      <description>3日に渡ってレポートしてきた紫波であるが、今日で最終回である。先日は国道396号を遠野方面に向かい、紫波ふる里センターで折り返して国道456号線を盛岡方面へ走っていくところまで紹介した。　この国道456号線を走っていくと、野村胡堂・あらえびす記念館が見えてくる。第一印象は非常に素敵な建物であるなという事。山並みをバックにして立てられた記念館は、風景に調和しているなと感心した。そして記念館の前には綺麗な芝生があるのだが、この芝生と建物とのコントラストもいい。　ワクワクしながら階段を上ると、エントランスへと延びている廊下にたどり着く。私が訪れた時は非常に暑い日だったのだが、風の抜け具合が非常に心地よく、しばし置いてあったベンチで休憩した。ベンチに座っていると何処からか音楽が聞こえてくる。何とも洒落た演出というか、流石あらえびす記念館である。　この廊下にはもう一つ仕掛けがあって、中庭を見る事が出来る窓がついているのだが、ここから中庭を見てみると実態以上の空間の拡がりを感じる事が出来る。何とも不思議な感じであった。　ようやくエントランスの前へたどり着く。しかしそこでまたビックリ。下から見ていた立派な芝生は何と入ってもOKとの事だった。ここで遊び始めると、チャイルドシートから解放されて伸び伸びしている娘に歯止めが掛からなくなると思われたので、帰りに寄る事にして、いよいよエントランスに入場した。　中に入ると、北大路欣也さんが銭形平次役の際に実際に着ていたという衣装を着たマネキンが展示されている。これを見るなり先ほどまでかなり元気だった娘は硬直化していた。クスクスと笑いながら玄関左手に進むと、どうやら訪れた7月20日は世界的なジャズピアニスト穐吉敏子さんのコンサートが開催されるという事でその準備をしている風であった。　あらえびす記念館には、あらえびすホールがあって定期的にレコードコンサートやライブが行われているのだとか。一応、何で銭形平次の作者の記念館でそのようなライブなど行うのかと感じた方々の為にご説明すると、野村胡堂は「あらえびす」のペンネームで音楽評論家として活動していた為である。　野村胡堂のレコードコレクションは相当なもので、何と7000枚ものLPがあるのだとか。しかも、どれもこれも年代物という事で非常に価値があるものも多数含まれているとの事。ちなみに野村胡堂のレコードコレクションはこの記念館の二階に展示されている。　その他、野村胡堂について、名前は知っていたが様々と知る事が出来た。一番驚いたのはその人脈である。ソニーの創設者である井深大と繋がったり、新渡戸稲造、金田一京助、石川啄木と繋がって行くのである。この辺に野村胡堂の人柄を見て取れる部分があると感じた。　野村胡堂を紹介する展示スペースは非常に天井が高く、広々とした感じである。その他、館内は中庭が素敵であったり、ゆっくり本など読めるスペースがあったりと、何とも素敵な施設である。ひとしきり見て回った後、娘待望の芝生である。この芝生が兎に角綺麗。娘はカエルを見つけて大喜びしていた。　野村胡堂・あらえびす記念館の名前は、道を走っていると何度も見かける程、看板が出ているのでその存在は知っていたのだが、これ程までに素敵な施設だとは知らなかった。紫波でお気に入りの場所が一つ増えて個人的にも嬉しい限りだ。　その後、城山公園、いわちくを見て、最後に五郎沼へ。ここでまた新たな発見をしてしまう。何の気なしに池に蓮があったのだが、その横の立て札を見てビックリ。何でもこの蓮は中尊寺の蓮なのだとか。よくよく読んでみると、現在永い眠りから覚めた中尊寺の蓮は元々五郎沼にあった蓮なのではないか、という事のようだ。　何でも、藤原泰衡の首実験をしたのがこの辺りで、この首桶に当時五郎沼に華を咲かせていた蓮の種を入れた。これが後に古代蓮として現代によみがえり、五郎沼ではこれを株分けしてもらった、という事のようだ。　何とも壮大なストーリーであろうか。平泉、紫波、盛岡と地名だけ挙げれば現代においては脈絡の無い並びでも、1000年も前に起こった様々な出来事を辿っていくと、この3つの土地が太く繋がっていくのである。何とも歴史浪漫である。　2日間の視察を終えての走行距離はこのガソリン高騰の最中180Kmという事になった。何ともこれだけ紫波を見回ったのも産まれて初めてだった訳だが、その分、様々な発見をする事が出来、非常に充実した紫波巡りであった。</description>
      <pubDate>Wed, 30 Jul 2008 09:41:43 +0900</pubDate>
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